韓国の「積弊清算」(過去清算)とはなにか?

韓国の「積弊清算」(過去清算)とはなにか?

法の不遡及

新しく作った法律を過去に遡って適用しないのが近代法の原則である。したがって、近代法の下では、過去の実行時に合法であった行為を、事後立法(事後に定めた法令)によって違法として処罰することは禁止される。韓国の憲法でも次のように定めている。

「韓国憲法第一三条」

すべての国民は、行為時の法律により犯罪を構成しない行為により訴追されず、同一犯罪に対して重ねて処罰されない。

すべての国民は、遡及立法により参政権の制限を受け、又は財産権を剝奪されない。

すべての国民は、自己の行為ではない親族の行為により、不利益な処遇を受けない。

韓国の政治の 「積弊清算」(過去清算)

韓国のこうした憲法の規定をも超える超法規の事後立法による「過去清算」の推進は、現在の政治的正義をもって、過去の政治的正義にかかわる一切の政治を不正義と断罪することを意味している。これは、きわめて現世主義的・世俗主義的な善悪思想です。

朝鮮半島の文人官僚支配の国家はいつでも、この歴史超越的な善悪思想が度々本格的な担い手として登場した。朝鮮半島の王朝は終始、前王朝を悪なる王朝と断罪し、王朝交替は善なる王朝による革命(天命による易姓革命)であると正当化してきた。

現代文民政権国家韓国も、同様にして旧国家の政治を新国家の政治判断から一方的に断罪し、新国家の権力の正当化をはかっている。

儒教の「孝」

「過去清算」を支える道徳思想北朝鮮では、李氏朝鮮時代でもそうだったように、罪は親子三代にまでおよぶ。この罪罰観を支えているのは、先祖と子孫を一体のものとする儒教の「孝」に基づいた道徳思想である。これについては韓国でも何ら変わりはない。「過去清算」の考えを深い所で支えているのが、朝鮮半島に伝統的なこの道徳思想である。

「世間の孝は怨をもって怨に報ゆ。勝義の孝は慈をもって怨に報ゆ」

古代八世紀の新羅の僧侶大賢は、「世間の孝は怨をもって怨に報ゆ。勝義の孝は慈をもって怨に報ゆ」(『梵網経古迹記』)といっている。ここで「世間の孝」とは「儒教という世俗の道徳の孝」を意味し、「勝義の孝」とは「世俗の道徳に勝る仏教の孝」を意味している。

ようするに、「儒教では先祖の怨みに子孫は怨みをもって報いるのが孝だとするが、仏教では先祖の怨みに子孫は慈悲をもって報いるのが孝である」といっている。

老子も仏教と同じように「怨みに報ゆるに徳を以てす」(『老子』六三章)といっている。

儒教の現世主義的な善悪思想

儒教の始祖孔子はこれに異議を唱えて、「徳を以て報いるのは恩徳を受けた相手に対してのことであって、怨恨を受けた相手に対しては公的な善悪の判断(直)をもって対処すべきである」といったのである(『論語』「憲問」)。

韓国人の「過去清算」の土壌は、「先祖の怨みに子孫は怨みをもって報いる」ことを「孝」とする儒教道徳にある。

そして孔子がいったように、怨恨を受けた相手に対しては「公的な善悪の判断」(国法による判断)をもって対処しなくてはならないのです。

こうした儒教に発する道徳思想が、近代法の精神を大きくねじ曲げることになってしまう。

日韓の過去に対する考え方

日本にも韓国にも刑法に「死者の名誉毀損」の規定があるが、そのとらえ方が日韓ではまるで違っている。日本では通常「死者の名誉毀損」は成立しないと考えられている。ある「死者に対する名誉毀損」の訴えを受けた日本の裁判では、裁判所は「死後四四年余も経過していること、虚偽ではなく事実をいったものであること」から、名誉毀損は認められないとして、その理由を次のように述べている。

「死者に対する遺族の敬愛追慕の情は死の直後に最も強く、その後時の経過とともに軽減して行くものであることも一般に認めうるところであり、他面死者に関する事実も時の経過とともにいわば歴史的事実へと移行して行くものということができるので、年月を経るに従い、歴史的事実探求の自由あるいは表現の自由への配慮が優位に立つに至ると考えるべきである」(「小説文章謝罪広告等請求事件」に対する昭和五十四年三月十四日東京高等裁判所の判決文より)

ここで日本の裁判所がいっているように、一定の時間が経てば「歴史的事実探求の自由あるいは表現の自由への配慮が優位に立つ」という考えが韓国にはないのだ。時間の上限に定めがあるわけではないので、どこまでも遡れることになってしまう。

韓国の「積弊清算」(過去清算) まとめ

日本では、現実的な諸関係が変われば、過去の対立や遺恨はいっさい水に流し、未来志向的に関係を築いていこうとするが、韓国にそういう考え方はなく、断罪あるのみです。

韓国の「積弊清算」(過去清算)の考え方

先祖と子孫を一体のものとする儒教の「孝」に基づいた道徳思想

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儒教では先祖の怨みに子孫は怨みをもって報いるのが孝だとする

孔子曰く、怨恨を受けた相手に対しては公的な善悪の判断(直)をもって対処すべきである。

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現在の正義をもって、過去の不正義を断罪するきわめて現世主義的・世俗主義的な善悪思想がある。

要するに韓国の「積弊清算」(過去清算)とは、

儒教の「孝」に基づいた道徳思想と現世主義的な善悪思想によるものです。

韓国は儒教の教え「道徳」を忠実に実践しているといえるが、あまりにも非文明的としかいえない。

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